音の記憶⑧『ラブ&ピースの音』


今回の音・John&Yoko 『Give peace A chance』 

(12月8日FBより転載)

 12月8日はジョン・レノンの命日。1980年の高校一年の冬でした。追悼番組で初めてこの曲をラジオで聞いた時、その生々しい録音に衝撃を受けてすぐにLPを入手し、そこから毎日のようにきいていました。明らかに自分が向き合っているクラシックとは「違うパワー」を持った音楽が何とも魅力的で、どんどん音大受験路線から外れるきっかけとなった一曲です。YMOや荒井由美、松田聖子やバリのケチャなど、魅力的な音楽は他にもたくさんありました。今では信じられませんが、クラシック以外は「聴いてはいけない」という指導を受けていました。コンクールの在り方や専門教育にも疑問を持ちはじめ、指導者に抗議の手紙を送ったりもした反抗期でした。今の娘と同じ年齢だったと思うと本当に生意気でぞっとしますし、進路変更を受け入れてくれた周囲の大人たちの寛大さにも頭が上がりません(まあ、破門なわけですけど 笑)。
 ビートルズを最初に知ったのは幼少期のニュース等のライブ映像ですが、「音楽」として出会ったのは小学校の低学年。テレビ(NHK?)で偶然みた『Strawberry Fields Forever』のシュールな音楽映像です。当時の日本ではおそらく世界からは少し遅れて「サイケデリック」が流行っていて、夏休みだけ放映されていた米国の教育番組「セサミストリート」でさえ、サイケなアニメーションで彩られていました。ベトナム戦争や学生運動(浅間山荘事件)の一方で、ヒッピーやフラワーチルドレン、「自由」や「平和」を謳歌しようという戦後の若い空気がありました。親戚の大学生たちはだいたい髪が長かった(男の人 笑)。学校では先生たちも「ストライキ」をしていました。「明日はストライキだからお休みです」と言われて、ストライキの意味はわからないけれど素敵だと思ったりもしました。公立でしたが独自の教科書を作っている先生もいました。
 話が横にそれましたが、67年の『ストロベリー~』も例外ではなく、不安で幻想的な音世界と、丘で燃えているピアノが衝撃的で「なんだかとても美しいな」と思いました。それが良いことなのか悪いことなのかわからず戸惑いましたが、「見てはいけないものを見てしまった」ような、ワクワクした気持ちになりました。ビートルズの入り方としてはかなり斜めですが、「良いのか悪いのかわからない世界」を知ったことがおそらく人生最初の「芸術体験」だった。ビートルズの音楽は大人になってから全アルバムを聞いていましたが、最初の印象が強烈すぎて『サージェント・ペパーズ~』の世界が最もしっくりきました。
 『ストロベリー~』に出会ったのと同じ頃、オノ・ヨーコの存在を知りました。ビートルズ解散の頃でしょうか。まだ外国が遠い時代だったので(海外に行くのは兼高かおるさんくらい)、ジョン・レノンの奥さんが「日本人の女性」ということにまず驚きました。それからはジョン&ヨーコ、ジョンが暗殺されてからは稀有な現代美術家、コンセプチュアル・アーティストとしてのオノ・ヨーコに今も注目しています。とは言っても若い頃はインターネットもありませんでしたし、何より子どもでしたから、1990年の草月ホール『踏絵展』まで、「グレープフルーツブック」以外の作品を目にしたことはありませんでした。ワタリウム美術館で「空を見るための穴」が開いたポストカードを手に入れたくらいです
 彼女の活動を遡っていくと、赤瀬川原平氏のハイ・レッド・センターや、草間弥生(漢字変換できず)とフルクサス、何よりM.シェーファーも影響を受けたジョン・ケージとつながっていきます。実は「サウンドスケープ」と彼女の「グレープフルーツ」は根幹が一緒だと思っています。ヨーコが1964年に500部限定で自費出版した『グレープフルーツ・ブック』の原稿をN.Y.の美術館で観たことがありますが、市販の原稿用紙に鉛筆で書かれた拙い文字が後に「イマジン」となる(あの歌の作詞はジョンではなく彼女だと思います)。世界を動かす力を持った作品の源流が、実は小さな一滴から始まっていることに心が動かされます。
 一方で男性中心の現代音楽の世界で苦労したことや、実は結婚したジョンにも中産階級特有の男尊女卑の感覚があったこと等、手記からはフェミニストとしての素顔(本音)が見えてきます。もう二十年くらい前?に、徹子の部屋にオノ・ヨーコが出演していたことがありました(すごい取り合わせだ笑)。「当時はラブ&ピースとか言ってましたから・・」と自分とジョンの活動を俯瞰的な視点で語っていて、彼女の聡明な「実像」と社会的な「印象」には大きな開きがあると感じました。間違いなく時代を代表するアーティストのひとりですが、超富裕層の出身であることや、ビートルズを「解散させた存在」というイメージが、評価を正当なものにしていないと感じています(それも時間の問題だと思いますが)。
 こうして60年代~70年代の伝説的なアーティストたちの活動を子どもながらにリアルタイムで見て感じてきたことの記憶は、平成も終わる21世紀の今となっては貴重だと最近特に感じています。「愛」と「平和」と「自由」のために闘ったアーティストたちがいた。「暗殺」されるほどに、音楽やアートに力があった時代の記憶です。